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執筆者の写真kawata432

「当たり前」をつくった人々


こんにちは、毎日のように、やりたいこと、つくってみたいものが

思い浮かびまくって時間が全然足りないかわちゃんです。

時間が足りない原因としては、睡眠時間が一日10時間と長いことが考えられます。

突然ですが、最初に納豆食べた人ってすごいと思いません?

ようあんな臭いの食べようと思ったな?!

腹壊さないと思ったな?!

あと、卵をめっちゃかき混ぜるとメレンゲになるって気づいた人とか、すごくない?

ピータンも見た目腐ってるのに、最初に美味しいことに気づいた人すごい。

今では、納豆もメレンゲもピータンも、なんの疑問も持たずに作ったり食べたりする

当たり前のものだけど、最初に気づいた人がいて、当たり前になっているわけです。

で、日常は当たり前で溢れかえってるから、そういう当たり前をつくった人々の

存在というのは意識されないものなのです!(※あくまで、かわちゃんの考えです)

道具や手段についても、同じように考えることができます。

カメラのシャッター開け続けると、星が動くの撮影できるって気づいた人すごい。

木に穴あけて、糸鋸にセットしたら、中身がくり抜けることに気づいた人すごい。

水を猛烈な勢いで噴射するとカッターになるって考えた人すごい。

最初に気づいたすごい人がいて、今の当たり前があるんだなぁ~。

で、その最初のすごい人は「この道具を、こうしたら、こういうことができるんじゃないかな?!」って、手段や道具の方からアイデアが出発していると思うのです。

そして、最初のすごい人が上手くいったら、それが広まって当たり前になる。

当たり前になってはじめて、目的(作りたいもの)の方から、手段(当たり前になった道具)にたどり着ける道のりが開かれるのですよ(※あくまで、かわちゃんの考えです)

3Dプリンターは発明されてそこそこの時間が経ちましたが、

まだ一般の人々の間では、あまり当たり前になっている道具ではないと思います。

アイデア次第で、今までにはない使い方を発見して、当たり前にする余地がある。

だから、「3Dプリンターで何ができるか考えること」は、

よく手段と目的が逆転していると言われますが、当たり前をつくっている最中なのです。

(※あくまで、かわちゃんの考えです)

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